タイプ: ブログ記事
公開日: 2026年7月8日
読了時間: 約25分
カテゴリ: 技術報告
タグ: ダム調査、マルチビーム測量、理事長表彰、堆砂管理
著者: 株式会社アーク・ジオ・サポート
受賞: 水資源機構理事長表彰(令和7年7月授与)
序論:筑後川水系における水資源管理のパラダイムシフト
筑後川とその流域の特性
筑後川は、その源を熊本県阿蘇郡産山村に発し、九州の4県を貫流して有明海に注ぐ、九州最大の流域面積を誇る一級河川です。「筑紫次郎」の名で畏怖されてきたこの河川は、古くから激甚な洪水被害をもたらす一方で、広大な筑後平野に多大な恵みを与えてきました。
この筑後川水系における治水と利水の要を担っているのが、独立行政法人水資源機構が管理するダム群であり、中でも「朝倉三ダム」と称される江川ダム、寺内ダム、小石原川ダムは、福岡県および佐賀県への都市用水供給、広大な農地への農業用水供給、そして下流域の洪水被害軽減において極めて重要な役割を果たしています。
堆砂管理の重要性
堆砂管理の重要性
ダム貯水池の機能維持において、最も不可欠かつ困難な課題が堆砂管理です。ダムは建設された瞬間から、上流より流出する土砂によってその有効容量を浸食される運命にあります。特に、近年の気候変動に伴う線状降水帯の頻発や記録的な豪雨は、予測を上回る土砂流出を招き、ダムの寿命や運用効率に深刻な影響を及ぼしています。
令和6年度、株式会社アーク・ジオ・サポートが完遂した「朝倉三ダム堆砂測量業務」は、こうした厳しい環境下で、最新鋭の測量技術を駆使して堆砂の現状を精密に把握し、次世代のダム管理の指針を示した点において特筆すべき成果を収めました。
朝倉三ダムの機能的役割と相互補完システム
三ダム総合運用の概念
朝倉三ダムは、単独のダムとしての機能を超え、「三ダム総合運用」という高度な連携体制によって管理されています。この運用は、筑後川本川および支川の流量状況に応じ、ダム間の貯水量を調整し、水資源を極限まで有効活用することを目的としています。
三ダムの設計諸元と容量配分
| ダム名 | 位置(河川名) | 型式 | 総貯水容量(千m³) | 堆砂容量(千m³) | 管理開始 |
|---|---|---|---|---|---|
| 江川ダム | 小石原川 | 重力式コンクリート | 25,300 | 1,300 | 1972年 |
| 寺内ダム | 佐田川 | ロックフィル | 18,000 | 2,000 | 1978年 |
| 小石原川ダム | 小石原川 | ロックフィル | 40,000 | 1,000 | 2021年 |
江川ダムと寺内ダムは、半世紀近い運用実績を持ち、既に計画堆砂容量に対する実堆砂量の割合が注視される段階にあります。一方、2021年に運用を開始した小石原川ダムは、最新の治水・利水機能を備えたダムとして、これら既存ダムの機能を補完し、水系全体のレジリエンスを高める役割を担っています。
三ダム総合運用のメカニズムと意義
「三ダム総合運用」は、筑後川本川の流量が豊富な際に、木和田導水路などを通じて支川である佐田川の寺内ダムへ水を送り、あるいは小石原川のダム群と連携させることで、不特定用水の確保や流水の正常な機能の維持を図るシステムです。
正確なデータが運用を支える
この運用を支えているのは、正確な「有効貯水容量」のデータです。堆砂測量によって得られる最新の湖底地形データは、ダムの容量計算の基礎となる「水位-容量曲線」を更新し、わずかな水量差が渇水時の給水制限に直結するシビアな運用において、意思決定の信頼性を担保しています。
令和5〜6年度の気象・水理状況と管理上の課題
令和5年7月豪雨による土砂流入の激増
令和6年度の測量業務が極めて重要視された最大の理由は、その直前の令和5年度に発生した記録的な気象イベントにあります。
令和5年7月7日から10日にかけて、九州北部を襲った線状降水帯は、朝倉地域のダム流域に既往最大級の雨量をもたらしました。特に寺内ダムにおいては、流入量が既往第2位を記録する大規模な洪水調節が実施されました。
| ダム名 | 最大流入量(m³/s) | 洪水貯留量(万m³) | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 寺内ダム | 約500(推定) | 721 | 既往2位の出水、濁水が長期化 |
| 小石原川ダム | 約1,200(推定) | 1,847 | 運用開始後最大規模の洪水調節 |
堆砂増加の懸念と測量の緊急性
この豪雨イベントにより、ダム流域からの土砂流出量は過去の統計値を大きく上回ったと推定されています。水資源機構の管理者からは、「令和6年度の堆砂測量結果は、今後の浚渫計画や施設改造の基本方針を決定する上で、極めて重要な判断材料となる」との指示が出されました。
最先端水中測量技術の深層
マルチビーム音響測深機(MBES)の原理と適用
株式会社アーク・ジオ・サポートが本業務で採用した主要機器は、Sonic 2024(R2Sonic製)および3DSS(PingDSP製)といった最新鋭のマルチビーム音響測深機です。
マルチビーム方式の優位性
| 項目 | シングルビーム | マルチビーム |
|---|---|---|
| 計測範囲 | 船の直下のみ(点・線) | 広範囲を面的に計測 |
| 計測密度 | 低い | 極めて高い |
| 計測スピード | 遅い | 約10倍高速 |
| 3次元データ | 限定的 | 高精度な点群データ |
| 堆砂形状把握 | 困難 | 詳細に把握可能 |
水中音速度補正の重要性
水中での音速度は、水温、塩分濃度、水圧(水深)に依存します。朝倉三ダムのような淡水ダムにおいては、季節による水温変化が音速度に大きく影響するため、リアルタイムでの音速度補正が測深精度を左右する重要な要素となります。
本業務では、各ダムの表層に音速度計(SVP: Sound Velocity Profiler)を配置し、計測開始時および計測中の定期的な補正を実施することで、±5cm以内の高精度な測深を実現しました。
ARIS(水中音響カメラ)による構造物点検
堆砂測量と並行して、ARIS 3.0(Sound Metrics製)を用いた放流設備周辺の詳細点検も実施されました。ARISは高周波の超音波を音響レンズで収束させることで、ミリメートル単位の解像度を実現し、濁水中でも鮮明な動画画像を取得できます。
本業務では、江川ダムの低水放流設備周辺における堆砂の進行状況や、寺内ダムの取水塔周辺における土砂の堆積パターンを、リアルタイムで可視化することに成功しました。
業務の執行と技術的評価
調査体制と安全管理
本業務は、令和6年4月から9月にかけて、以下の体制で実施されました:
- 調査チーム: 測量技師5名、オペレータ3名、安全管理者1名
- 使用船舶: 自律航行型ASV(Autonomous Surface Vehicle)2隻、有人調査艇1隻
- 総調査日数: 約120日間
- 総計測面積: 約45km²
計測成果の概要
| ダム | 計測面積(km²) | 取得点数(百万点) | 堆砂量変化(万m³) | 堆砂率(%) |
|---|---|---|---|---|
| 江川ダム | 12.5 | 2.8 | +45 | 3.5% |
| 寺内ダム | 8.3 | 1.9 | +78 | 3.9% |
| 小石原川ダム | 24.2 | 5.5 | +52 | 5.2% |
技術的評価ポイント
- 高精度データの取得: ±5cm以内の測深精度を達成し、従来の潜水士点検では不可能な定量的な堆砂量評価を実現
- 全域網羅性: 従来は調査困難であった深部や急勾配区間を含む、貯水池全体の地形を完全に把握
- 安全性の確保: 潜水作業を一切伴わず、HSE(Health, Safety, Environment)基準を完全に遵守
- 短期間での完遂: 従来の潜水調査では3年以上要する業務を、1年間で完遂
理事長表彰の選定基準と社会的意義
表彰の背景
令和7年7月、独立行政法人水資源機構の理事長から、本業務に対する表彰状が授与されました。この表彰は、以下の基準に基づいて選定されています:
- 技術的卓越性: 最新鋭の測量技術を適切に選択・適用し、従来手法では達成不可能な精度と網羅性を実現したこと
- 業務品質: 納期厳守、成果物の完全性、報告書の充実度において、発注者の期待を大きく上回ったこと
- 安全管理: 本業務中に一件の労働災害も発生させず、HSE基準を完全に遵守したこと
- 社会的貢献: 得られたデータが、今後の筑後川水系の水資源管理に大きく貢献することが見込まれること
表彰の社会的意義
この表彰は、単なる一企業の業績評価ではなく、以下の点で社会的意義を持ちます:
- インフラ維持管理のDX推進: 最新技術の活用により、従来の属人的な点検から、データドリブンな維持管理へのパラダイムシフトを実現
- 労働環境の改善: 危険な潜水作業の排除により、労働災害リスクを大幅に低減
- 気候変動への対応: 記録的豪雨への対応能力を強化し、レジリエンスの高い水資源管理体制を構築
デジタルトランスフォーメーションと将来展望
i-Construction・CIM対応
本業務で取得した3次元点群データは、国土交通省が推進する「i-Construction」および「CIM(Construction Information Modeling)」の基準に完全に準拠しています。
これにより、以下の応用が可能になります:
- 3次元モデルの構築: 貯水池全体の地形を3次元で可視化し、浚渫計画の策定を支援
- 体積計算の自動化: 堆砂量の算出を従来の手計算から自動計算へ移行
- シミュレーション分析: 将来の堆砂進行を予測し、長期的な施設改造計画を立案
将来の展開
今後、本業務で確立された測量技術は、以下の分野への展開が期待されています:
- 全国のダム堆砂測量: 他の水資源機構管理ダムへの適用
- 河川構造物の点検: 橋脚周辺の洗掘調査、堤防の変状監視
- 洋上風力発電関連調査: 海底ケーブルルート調査、基礎周辺の洗掘モニタリング
- 環境モニタリング: 水生生物の生息環境の変化を3次元で追跡
結論:持続可能なインフラ管理への貢献
本業務の総括
朝倉三ダム堆砂測量業務は、単なる「データ取得業務」ではなく、以下の点で革新的な意義を持つプロジェクトとなりました:
- 技術的革新: 最新鋭の測量技術を実務レベルで実装し、その有効性を実証
- 安全性の向上: 危険な潜水作業を排除し、労働環境の改善を実現
- 意思決定の高度化: 定量的で信頼性の高いデータに基づく、科学的なダム管理を実現
- 社会的貢献: 筑後川水系の水資源管理の高度化に直接貢献
水資源管理の未来像
気候変動の加速に伴い、ダムなどの社会資本の維持管理は、かつてないほど高度な判断を要求されるようになっています。本業務で実証された「データドリブンな維持管理」のアプローチは、日本のインフラ管理全体のモデルケースとなり、次世代の水資源管理体制構築に大きく貢献することが期待されます。
株式会社アーク・ジオ・サポートは、この理事長表彰を受けて、今後も最新技術を駆使し、日本の社会資本の長寿命化と安全性向上に貢献し続けることをお誓いします。
関連リンク
参考文献
- 独立行政法人水資源機構(2025)「朝倉三ダム堆砂測量業務報告書」
- 国土交通省(2024)「インフラ長寿命化計画」
- 日本ダム協会(2024)「ダム堆砂管理の最新技術」